2010年5月6日木曜日

第1ステージ・第1テーマ<ごみ問題>報告 T2ファージ&ペクチン


T2ファージ
<学習指導要領では…>
第3学年及び第4学年の内容にゴミ問題についての記載が見受けられる。その取り扱いとして「廃棄物の処理については、ゴミ、下水のいずれかを選択して取り上げ、その際、廃棄物を資源として活用していることについても扱うようにする」と記載されている。

<現状>
日本全体のごみ排出量(2004年度)…5059万トン  ←世界第2位(1位はアメリカ)



<わたしたちの生活とゴミ問題との関連>
問題…決められた回収日を守らない
      ダイオキシンの発生

解決策…ゴミの分別
買い物袋の持参
       個装の少ない商品の購入
       缶・ペットボトルをつぶして捨てる

<リサイクル>
   リサイクル量(2010年度)…約1760万トン   ←排出量の約3割
種類…ペットボトル・アルミ缶・スチール缶・牛乳パック・トレイ・段ボールetc
   3R…リデュース・リユース・リサイクル
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                    10/5/6 ペクチン班

取り上げる対象の全体像(問題含む)

・人間が生活するのに必ず,食べ物なり着るものなり,その他生活に欠かせない道具なり何かしらモノを使用する。そしてモノは永久ではなくいつかはさびれてしまう。使うことのできない,用途のないものを我々は「ゴミ」と呼ぶ。

・ここ100年で,科学技術力が上がり様々な製品を作ることができるようになった。また人口も格段に増え,大量生産,大量消費,大量廃棄が当たり前になった。

   ・すると,大まかに3つの問題

①製品の原料が足りなくなる。枯渇。

  ②大量の一般,産業廃棄物ゆえにくる,処分,処理費の増加

  →不法投棄, ゴミの不適切処理 (有害物質の流出)

  →環境破壊、公害問題 ex豊島問題,フロン処理,干潟喪失)

  →からくる新処分所建設の反対運動(→)、

③ゴミを処理するが場所が少なくなることゆえの、ゴミ処理場のキャパシティー越え、新たな処分場の用地確保の難化が  発生している。

   ・これらの問題の対策として,

      Ⅰ;市町村による(資源)ゴミの分別収集,集団回収

      Ⅱ;法律の制定

●各種リサイクル法の制定→処理責任者の明確化・分担 

(製品(ゴミ)の所有者・関連事業者・製品メーカーが決められた役割と順序で適正に処理し,再利用し,トータルでのゴミを減らす目的で作られた。)

          EX)容器包装リサイクル法】

消費者;廃棄物を抑制し,分別収集,排出に協力する。

市町村;分別収集,保管する。必要に応じ,選別,圧縮,梱包してリサイクルしやすい状態にする。

           事業者;事業において容器包装の排出抑制を行うとともに,市町村が分別収集した容器包装廃棄物を自ら,または国が指定した事業者に委託して再商品化する義務を負う。

  ●循環型社会形成推進基本法

          循環型社会形成を推進していくうえでの基本理念と、政府が循環型社会形成に取り組むプログラムを規定した法律

・物質循環の確保、天然資源消費抑制、環境負荷低減

・拡大生産者責任…資源調達、製品化からの使用、廃棄までに関わるリサイクルや処理に対し、生産者が責任を負う。→家電,自動車リサイクル法など

            ・処分の優先順位;「発生抑制」「再使用」「再生利用」「熱回収」「適正処分」

      Ⅲ;自治体,民間市民団体のリサイクル,ゴミゼロ運動等の促進(→モラルの向上)

          エコマーク、グリーンマークの認定  フリマ  グリーンコンシューマー10原則

            世界条約(「持続可能な開発」、バーゼル条約など)

②子供たちとの関わり


小学校中学年といえば,物事を論理的に考えるのではなく,絵や実物を用いた,抽象的,感覚的な想像をするのが常でかつ得意で,時系列的な考えでも「今より前」のことを振り返って考えるよりも,「今より後」のことを想像するほうが興味、関心が高いのではないかと考える。

「ゴミ」に対しても,なぜゴミになったのか(ゴミになる前の過程)よりも,このゴミがどうなるのか(ゴミになった後の処遇)のほうが子供たちにはつかみかかりやすいと考える。

ゴミになった後の処遇かつ,イメージしやすい生活経験との関わりのある事柄の2つの要素から社会科でゴミをテーマにした問題に取り組むのなら、

Ⅰ;身の回りの環境(公園,道路,学校,家)でのゴミが今後何もしなかったらどうなってしまうのか想像してもらう →おそらく,汚い!でこのまま放置ではいけないと考える

Ⅱ;そのゴミをどう扱えばいいのだろうか

  →燃やす? 埋める? 川に流す? 誰も見てないところに持ってく?

Ⅲ;Ⅱの処遇をしたらどうなるか

  →燃やすープラスチックだったら有害物質発生  川流しー川の下の人が迷惑  など

   おそらく大多数が問題になるのでは?

   自分自身に置き換えて考える。

Ⅳ;→ゴミを出さないのが一番ではないか →リサイクルだとゴミが出ない

Ⅴ;身の回りでリサイクルしていないかどうか →分別回収、3R、エコバック

  そこから発展へ  というような展開ですすめたいと思う。

参考図書;名取先生のおもしろゴミ授業 名取弘文 ポプラ社 1992,9

ゴミくん、こんにちは! 石沢清史 偕成社 1985,6

早わかり!ゴミ処理のしくみ 平岡正勝 集英社 1997,9

ゴミとリサイクル2005 千葉県環境研究センター 平成17,3

参考;家庭経営学Ⅰ資料プリント+ノート

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<ミワより:追加指示>

報告は、20〜25分。そこで用いる印刷物用の電子ファイルを、その週の火曜16時までにEメールで僕に送ること。A4版2枚まで(これを87%縮小してB4版1枚に印刷します)。印刷は受講者数分を僕が印刷します。印刷はカラーで行ないません。ファイルの送付が間に合わなかった場合は、各班の責任で95部を印刷し授業開始までに届けること。

2010年5月5日水曜日

小学校社会科指導要領批判(追加)

<アンモニア臭>

・学年が上がっていくに連れて、暗記要素が増えていってしまっているため実用性という観点で社会科の有用性が疑われる。特に第6学年では顕著である。この点に関しては前回の課題においても明白になったため、社会科指導要領の大きな問題点であると考えられる。

・例として一部の歴史上人物やその周辺について学習するように指導するようにと書いてあるが、実際の指導現場ではその人物名や年代、出来事などを暗記するように指導されているため、この指導要領の本来の意義とはずれてしまっている。

・内容が広範に渡りすぎてしまい、生徒の学習意欲を削ぐ形になってしまっているという懸念がある。各学年において細部まで指導説明があることは良い点だが、現実的にそれらを指導していくとして、国語や算数といった主要科目に比べて時間数が少ないこともあり全てを教えるということは難しいのではないだろうか。

・全体的に内容が漠然としている。~などという表現が多いため、非常に曖昧な内容になってしまっている。同時に~しなければならないと記述せず、~するようにするという弱い指針を掲げてしまっている。

・社会科の目標として礼儀正しい社会人として行動するように導くことが挙げられているが、現在の教育現場でそのような教育が行われているとは少々考えづらい。社会科は教科科目であるため知識を点数化する必要があるが、それに囚われすぎていて結局暗記科目となってしまい社会性を身に付けられる科目になっているかどうかというと甚だ疑問である。

社会科改正の趣旨に「グローバル化が進む時代にある今こそ,世界や日本に関する基礎的教養を培い,国際社会に主体的に生き,公共的な事柄に自ら参画していく資質や能力を育成する」とあるが、国際社会を主体的に生きるために必要なことは社会科の学習よりも、まずは国際社会とは何かを理解しなければならないと思われる。そして国際社会を代表するような仕事はどのようなスキルが必要なのかを把握しなければ、社会科改正の趣旨にそって生徒は学習意欲をだせないと考えられる。

<ボルボックス>

取り上げている内容の適切性について考えてみると、小学校3・4年生では身近な地域社会について、5年生では我が国の地域社会、6年生で我が国の歴史、我が国の政治、世界の中の日本についてやらなければならない。これをみると特に6年生では歴史、公民と3年生から5年生までで取り扱っている地理に対して非常に量が多い。これでは、取り扱う内容の中身が薄くなってしまう。ですから歴史については、6年生だけが取り扱うのではなく他の学年でもやるか、歴史で取り扱う内容を、農耕の始まりから取り扱うのではなく、近代史から取り扱うなどの工夫が必要である。

教員の裁量範囲の適切性については、学習指導要領の内容の取扱いで事細かとやる内容が決まっている。なので、教員の裁量範囲はせまいといえる。それでも、第3学年及び第4学年でやる内容は、身近な地域についての内容が多いので地域毎に授業内容を考えることができる。しかしながら、内容(1)アの主な交通の様子などでは、離島などのバス、電車等の公共交通機関のない場所では取り上げる内容に困ってしまうのではないかと思う。またこのような部分で都市部とそれ以外で内容に差が出てしまうと思う。

特定の(政治的)立場にとって都合の良い価値観を注入するものになっている部分はないか?については、学習指導料領の中で、国旗や国歌を尊重する態度を育てる、と書かれているカ所が数ヶ所あるがそれは戦前の天皇制の思想の名残であるとしか思えない。愛国心についての最終的な問題は自国を愛せるかどうかなので、国旗や国歌を尊重する態度を育てるだけでなく、日本や他国を尊重する態度を育てるというのを付け足したほうがいい。また、第6学年の歴史で日華事変,我が国にかかわる第二次世界大戦,日本国憲法の制定,オリンピックの開催などについては「取り上げる歴史的事象を精選するとともに,その指導に当たっては,児童の発達段階を考慮し社会的背景にいたずらに深入りしないよう配慮すること」と書かれていてよい。

2010年5月4日火曜日

第4テーマ決定





指導要領の「異文化理解、国際交流 :6年生(内容3 世界の中の日本の役割、異文化・習慣の理解、平和)」に当たる領域で取上げるテーマが決まりました。

第1ステージの「しゃもじ」班は韓国/朝鮮、「ロラン」班は中国を取上げます。

第2ステージ(横尾班、ボルボックス:7月1日)と第3ステージ(ダリ、ミュシャ:7月29日)は、それぞれこの題材で小単元作りや導入部分の授業設計をすること。

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<参考:文科省の学習指導要領6年生>

内容3)では、「世界の中の日本の役割について,次のことを調査したり地図や資料などを活用したりして調べ,外国の人々と共に生きていくためには異なる文化や習慣を理解し合うことが大切であること,世界平和の大切さと我が国が世界において重要な役割を果たしていることを考えるようにする」とあり、また我が国と経済や文化などの面でつながりが深い国の人々の生活の様子」があげられています。

また、この内容の取扱いについては、同要領は、「我が国とつながりが深い国から数か国を取り上げること。その際,それらの中から児童が一か国を選択して調べるよう配慮し,様々な外国の文化を具体的に理解できるようにする」と記しています。

2010年5月3日月曜日

小学校社会科指導要領批判(その4)


<ビタミンA>

・第3学年及び第4学年、とまとめているのはよくない
同じ教師が持ち上がるとは限らないので授業構成の目途や計画がたてにくい。学年別に内容を分けることで、その学年にみあった分量や能力が判断でき、適切な授業展開が期待できる。

・抽象的な部分がある
第5学年の内容の取扱い(3)エについて、ここでは理解させるまではいいが、どのように尊重するのかはっきりしない。まず、国旗を理解しただけで尊重できるのか。他国の文化や歴史、民族などあらゆる学習をした上で「尊重」という言葉を使えるのではないか。また、個々人の信条を考慮するなら、それに大きな価値を認められない児童もいるはずである、第6学年では「文化」や「伝統」が出てきているので、ここで「尊重」を使うのは適切である。

・「考える力」、「表現する力」の育成に触れているのは好ましい
社会というと「暗記」のイメージが強くなってしまうので、教える側にも気付かせてくれると思う。国語だけで「表現する力」を養うのではないことを、ここでも再確認しているような気がする。

・選択の幅がない
第6学年の内容では(1)の歴史が細かく記述されている。
ここまで教師がやれるのかと疑問である。それぞれ得意・不得意はあるだろうから、もっと選択の幅があってもいいのではないか。

・副読本の存在
学習指導要領では、3年生4年生は身近な地域社会を学習するよう示されているが、学習する際に使用するのは、検定に合格した全国共通の全国汎用的な教科書である。私が小学生の時は「私たちの○○区」といった区の教育委員会発行の副読本を中心に授業が行われていたが、こういった副読本に検定はない。副読本ありきの教科書作成、指導要領作成には曖昧さが残る。

・環境による格差
第3学年及び第4学年の内容(1)、(3)、(5)について、これらの活動を子どもたちが主体的に行おうとした場合、校内学習で資料を収集する方法として、学校図書館やインターネットを活用する方法などが考えられる。しかし、学校図書館の整備(資料となるような本の用意)や情報機器の整備(台数の確保やインターネット接続など)には学校間に差がある現状がある。また先生の中にも、特に情報機器の取り扱いに不安を抱き、なるべく使用を控えようとする先生も少なくないという。こうした状況では、子どもたちが「調べ学習」できる環境に格差が生まれてしまう。
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<3LDK班>

・まず第一に、学習指導要領の目標の中で「社会生活についての理解を図り,我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て」とあるが、社会科を学ぶことを通して生徒が得るものはすべて同じではなく、それぞれ感じるものが異なるので、「愛情を育て」という表現は何やら義務的なニュアンスを感じ、目標として掲げるのは妥当ではないと思う。

・第6学年の目標の(2)で「平和を願う日本人として」とあるが、この表現は指導要領に記載するにあたって適してるとは言い難い。もちろん、平和という言葉は日本人にとって重要であり必要であるが、この表現では、日本人のあるべき姿・こうでなくてはならない姿のように感じられてしまう。

・指導要領を全体的に見て、「愛する心情を育てる」「愛情」「尊重」などといった言葉が比較的多くみられるが、これらが「社会科を学ぶこと」と結びつくというと抽象的であり、具体性に欠けると考えられる。指導要領として記載するならば、社会科を学ぶことにより、どのような過程を経て愛情や尊重心が生まれるのか、具体的に記す必要があるのではないかと思われる。

・指導要領を全体的に見て、第5学年・第6学年は分けられて記載されているのに対し、第3学年、第4学年はまとめて記載されている。高学年である第5学年、第6学年は学ぶことも増え、指導要領が分けられるのは当然のように感じるが、第3学年、第4学年も第1,2学年にはなかった社会科が登場するにあたり、まとめて記載するのではなく、第3学年、第4学年と分けて、より具体的に記載するのが妥当ではないかと考える。

・指導要領内容部分から、第3、4学年での学習内容は地域や県内のことで的確であると思うが、第5学年の「我が国の情報産業などの様子と国民生活との関連」という内容は、第5学年には少し理解に苦しむと思う。例えばメディアやネットワークなど、普段使わないような言葉が登場することもあるからだ。
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<ピンセット>

 小学校学習指導要領の社会科に関する記載は、全部で9ページであった。この9ページを読み終え、私たちのグループは、[第6学年]の「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにする」「調べたことや考えたことを表現する力を育てるようにする」という目標に注目した。

 日本には、1946年5月3日に施行された「日本国憲法」がある。この第3章第19条は、「思想及び良心の自由」について規定している。これを踏まえ、「国を愛する心情を育てるようにする」ことを目標に掲げるのは憲法に反しているのではないか、と考えた。日本に生まれ、育ち、日本で教育を受ける小学生に、このような目標を掲げるのは当然のこととも考えられるが、この点を以下で批判したい。

社会科の授業を通して、日本に対して批判的な考えを持つことは決して悪いことではない。その前提としてあるのは、社会科で履修すべき内容に熱心に取り組むことである。大切なのは、自分なりの考えを持ち、その理由を説明できる力を養うことではないだろうか。例えば、現在の社会保障制度を考えると、日本を好きになれない。スウェーデンの社会保障制度に憧れ、将来はスウェーデンで暮らしてみたい、そのような考えを持ってもいい。また、20世紀後半に起こった朝鮮民主主義人民共和国による「拉致問題」に関して、その政府の進まない対応から、日本に批判的な考えや感情を持ってもいい。それらは社会科を熱心に学んだ結果だからである。そして、その考えが逆に日本の将来を支えることになるのではないか。政治家やテ
レビのコメンテーターとして活躍することになるかもしれない。したがって、「調べたことや考えたことを表現する力を育てるようにする」という目標こそ、「生きる力」すなわち「変化の激しい社会を生きる力」を育てるにあたって、最も大切にしなくてはいけないと考える。
私たちは、学習指導要領に批判的な意見を持ちつつも、いずれ教師となった時にはそれに記載されている内容に従った授業を展開しなくてはいけない。このレポートの作成中、複雑な心境になったのは、おそらく私たちのグループに限ったことではないだろう。
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<ミカヅキモ>

1・2年  第1・2学年では社会科はないが、それと関係のある教科として生活科があるのだから、その生活科にふれつつ発展的な内容を取り進めていくべきだということを明記する必要があると思う

3・4年
・内容の取扱い(1)において、児童に無理のない取扱いとは何かわからない
・選択する部分が多く、教師によって授業の質が変わってしまう
・3、4年の内容をまとめることで、授業計画が曖昧になってしまうのではと思われる

5年
・目標(3)に調べたことを表現するとあるが表現の仕方がはっきりと書かれていない
・「~に配慮すること」と多くあるが、具体的な方法が示されていない

6年  
・「国を愛する心情を育てるようにする」とあるが、考え方は個人で異なるものであると思われる


<全学年の内容を通しての印象>
・表現が抽象的で、分かりにくい
・目標の1文が非常に長い
・選択科目は教師が選択して、そのものだけを取り上げるのか、それとも生徒に好きなものを選択させて、意見交換会などをさせるのかが明確でない
・どの学年の目標に対しての内容についても、まずは家族や身のまわりの人たちとの関わり合いや様子に関する内容を必要とすべきであると思う。まずは身近なものから考えることで、子供たちの関心や理解をより一層広げたり深めたりすることができると考える
・指導について、3,4学年「わが国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て」、5学年「国土に対する愛情を育てる」6学年「国を愛する心情を育てる」とあるように、愛国心を養う事について全ての学年で明記されているが、書かれている内容を指導しても愛国心が養われるのか疑問である。目標として現場に丸投げしているように感じる
・「我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て」から「国際社会に生きる」へのつながりがよくわからない。
・歴史に関して、上記のように「我が国(日本)」に関することが大切なのは分かるが、さまざまなものに関心を持ち、多様な観点・視点を持てるように、「他国から見た日本」「他国の政策・歴史」など、日本以外の国に関する調査という項目も必要だと考える
・見学したり調査したりする内容が多いのは良いと思うが、社会科の年間時間数を考えると、学校の所在地によっては見学になかなか時間をかけられず、地域差が出てしまうのではないかと考える。そもそも、1年で扱う内容としては範囲が広すぎて、目的にあるような「わかる」・「調べる」ことができるようになるほどしっかりと指導することは難しいと考える
・環境問題など、世界全体として問題になっているものの取り扱いについて明記してある点は評価できる
・一方で、日本における重要な問題点(政治の問題・食料自給率の問題など)についての取り扱いが不明確

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<ニュートン>

社会科の目標の改善について、第3学年から第6学年の能力に関する目標で、「これまでの調べたことに考えたことを加え考えたことを一層重視した」という点について、今の子どもたちは自分の考えたことや思ったことを表現する力が不足しているので、この目標の改善は適切であると考えられる。

内容の改善について、県の地形や産業、県内の特色ある地形に関する内容について新たに「我が国における自分たちの県の地理的位置」、「47都道府県の名称と位置」を加えたとあるが、教科の目標に「我が国の国土と歴史に関する理解」とあり、国土を理解するには47都道府県の名称と位置を理解することは重要であり、地理的学習を行う際に有効であると考えられる。

第5学年の内容について「国土の環境保全や自然災害の防止の重要性、我が国の産業の発展と社会の情報化の進展についての関心と国土に対する愛情を育てるようにする。」とあるが、我が国の産業の発展と社会の情報化の進展についての関心はこれからの日本で生活していくうえでは徐々に育てていく必要がある。また、第5学年の内容の農業、水産業、工業、などで国土への愛情まで育てられるかは疑問である。

第6学年の内容について、我が国の歴史上の主な事象について、平和に対する気持ちや願い、戦争の悲惨さを考えさせるには、戦前や戦後の日本についてや世界各国の戦争、紛争について学習することは必要不可欠であるが、貴族社会や武家国家について学習することはこれからの人生において参考にすらならない内容ではないかと考えられ、必要性を感じない。例えば、「源平の戦い、鎌倉幕府の始まり、元との戦いについて調べ、武士による政治が始まったことが分かること」とあり「~武士による政治が始まったことを分かるようにすることをねらいにしている、」とあるが、指導要領には歴史を理解することの趣旨は記されているがそれに重要性、具体性は読み取れない。

<しゃもじ>

第3学年及び第4学年  内容(3)イにおいて、計画的、協力的に進められているとあるが、本当にそうなのか疑問である。実際に自分の地域に原子力発電所やごみ処理場、ダムなどが建設されることになったらどうだろうか。健康に害はないのか、自分の町がダム建設のために沈んでしまうのではないか、などの不安を地域住民は抱え、反対運動を起こすかもしれない。また、計画的に行われているかという点においては、八ツ場ダムの建設問題のようなこともある。これらのことから、政府は地域住民と円滑に事業を進めていますよ、とこどもに思わせる、政府にとって都合の良いように内容がつくられていると思う。

第5学年  内容に、世界全体の地形・海洋を調べるとあるにもかかわらず、主な国として近隣諸国を調べるのはどうかと思う。なぜなら、近隣諸国とは主にアジアの国々であり、地形から考えてみれば海洋を調べてもごく限られるし、広いユーラシア大陸の中にある国々でもあるため、その他の大陸や海洋は調べても子どもたちに残る印象は低いと思われるからだ。ならば大陸と海洋を両方調べたうえでそこにある国々の特徴を教えたほうがいいのではないか。

第6学年  学ぶべき内容が多い。第6学年になってから歴史を学び始め、その上政治についての必要性についてもやらなくてはならない。また今まであった調べ学習というものがなくなっている。これらが俗に言う暗記科目としての社会になってしまい、覚えることばかりでつまらない・嫌いな教科にさせてしまう原因となっているのではないだろうか。また「日本国憲法は理想の憲法」というような内容があるが、数年前に憲法改正案が出たりもしており、鋭いこどもから「日本国憲法は理想の憲法じゃないのか」という意見も出てしまう可能性がある。従って、時事問題を踏まえながらの学習を組んだほうがいいのではないだろうか。

内容の取扱いにはどの学年にも、「我が国や諸外国には国旗があることを理解するとともに,それを尊重する態度を育てるよう配慮すること。」とあり、6年生になるとそれに国歌も加えられる。確かに国を愛する心を育てるのは大切なことではあるが、それを授業に持ってきて、尊重する態度を養わせるように仕向けるのはどうかと思う。また、自分の考えから「君が代」を歌わない教師も増えている現在、これを内容として取り扱うのは考え直したほうが良いだろう。

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<ガスバーナー>

私たちは学習指導要領の中の「各学年の目標及び内容」について批判していく。

まず、「第3学年及び第4学年の内容(1)」について、「自分たちの住んでいる身近な地域や市(区,町,村)について,次のことを観察,調査したり白地図にまとめたりして調べ,地域の様子は場所によって違いがあることを考えるようにする。」というように書かれている。ここで、「自分たちの住んでいる身近な地域や市について」と子供たちの行動の範囲を狭めてしまっている。例えば、田舎に住んでいる人は田舎だけ、都会に住んでいる人は都会だけによく見られる地域の様子しか学ぶことができない。すなわち、目標(3)にある「地域社会の社会的事象の特色や相互の関連などについて考える力を育てるようにする。」が十分に達成されないのだ。

 そこで、内容(1)の文頭にある「自分たち~について」という表現を変えて「自分たちの住んでいる身近な地域と自分たちの住んでいる身近な地域ではない地域について」とすることによって、子供たちは二つの点から物事をみることができ、相互の関連などについて考える力を育てることができると思う。

 次に、「第5学年の内容の取扱い(5)」について、「内容の(1)から(3)の指導に当たっては,仕組みや工程に深入りしないよう配慮するものとする。」という一文がある。ここで、食料の輸出入の状況、食料生産に従事している人々、放送,新聞,電信電話などの産業と国民生活とのかかわり、主な食料生産物の分布や土地利用の特色などを仕組みや工程について深入りしないように配慮しながら、指導していく必要はないと思う。例えば「食料の輸出入の状況」は輸出の仕組みや工程に深入りして教えなければ、今何が問題かわからないのだ。

 よって、「第5学年の内容の取扱い(5)」はいらないと思う。

 最後に「第6学年の内容の取扱い(2)イ」の「国会などの議会政治や選挙の意味,租税の役割などについても扱うようにすること。その際,政治の制度や機構に深入りしないよう配慮すること。」という文に注目する。

 ここで政治の制度や機構は重要な役割をはたしているので深入りしないではなく、きちんと教えたほうがよいと思う。

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<ロラン班>

指導要領の構成に関して、書いてある内容、またその言い回しが難しい。(公民的資質とはどのような事を指しているのか。またどの程度なのか。)また、繰り返しの表現が多く、くどいようにも感じた。まず簡潔に述べてからその後難しく述べているが、もっと簡潔に、分かりやすく出来ると考える。また、抽象的な表現が多いので、指導要領を読んで授業を考える教師に不親切な内容だと感じた。授業の質の向上のためにも、簡潔でわかりやすい文が必要であると感じた。


また、第三章で各学年に分けて書いてあるのだから、第2章で各学年に分けて書く必要はないのではないか、と感じた。第2章の理解、態度、能力に関する目標も、記述の仕方がしつこく感じた。目標ごと、内容ごとに記述するよりは、学年ごとに記述した方が教師も使いやすいのではないか。

~の中から一つ選び、というものが多く、一つに決めてしまった方がいいと思った。内容のバラつきはよくないと思う。

また、指導要領の内容そのものに関して、6年生の公民と歴史の両方を一年で学習するのは少し大変なのではないか、と感じる。無理やり詰め込んでも、意味の理解にはつながらず、ただの詰め込みになってしまう。

また、国や地域に誇りや愛情を持たなければいけないように書いてあることについて、国や地域の歴史などを知り、理解できたとしても、それにもつ愛情は自然に芽生えてくるものであり、個人の自由なのではないだろうか、と感じた。物に対する意見を政府に決められているようにも感じてしまう。また、国民国家を身に着けさせようとしているように感じる。この意識は、参政権、納税の義務などの、具体例をあげていることからも伺える。
また、歴史に関して、まんべんなく古代から近代までをさらうように歴史が指導されているが、ところどころ偏りすぎる印象がある。

また、3,4,5学年では指導の内容に具体性が見られたが、6学年における学習内容が広範囲になり、選択肢を教師に設けているため、担当教師によって授業に大きな差が生じてしまうと感じた。

また、目標が大きすぎる。目標に「国を愛する心」とあるが、歴史の授業に一年触れてこの心を育てるのは難しい。



小学校社会科指導要領批判(その3)


<ダリ班>

「地域」について

・第3学年及び第4学年の項目の冒頭から出てくる「地域」という言葉が抽象的で、意味が捉えづらい。
・「地域」とは、子ども自身の生まれ育った場所のことなのか、学校の所在地なのかが判断できない。特に私立の学校の場合、遠方から通う子どももいるのでそれについて明確にする必要があるのではないか。
・「地域」は県よりも小さく市や区よりも大きい範囲を示しているようだが分かりづらい。
・「地域」について学習する際、郷土資料館や史跡などの有無によっても取り扱う内容が身近で理解しやすい場合とそうでない場合がある。
・現在は日本の領土でも、過去にはその場所が他国であった場合(例えば沖縄や北海道)はそれをどのように捉えるのかによっても違いが出る。
・「地域社会に対する誇りと愛情を育てる」ことも必要だとは思うが、それ自体が目標になるのではなく、学んでいって育った自国愛を将来につなげるために社会を学習するべき。

分野について

・歴史と公民・地理の分野の学習内容のバランスが悪い。歴史が多すぎる(例えば、第6学年の内容では、歴史の小項目が9つあるのに対し、公民・地理は2つずつである)。
・歴史について、取り上げる人物の例として挙げられている人数が日本の古代から戦国時代までの約1600年間で21人、江戸時代から近代までの約400年間でも21人となっており、内容の密度に差があるように思われる。
・第6学年になって初めて具体的な国際関係の内容が出てくる。第3学年・第4学年で自分の地域、次に第5学年で日本、最後に第6学年で世界というように広げていくよりも国際関係の内容も日本と比較しながら並行して学んだ方が良いのではないか。

指導要領そのものについて

・記述が「内容の(2)については~」のように何回も戻って参照するようになっている。指導要領を元に授業をつくる際にわかりづらく、まず指導要領の内容を理解するために余計な労力が必要となる。

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<プリズム>

 今回私たちが「社会科指導要領解説」を読んで議論したのは、『教科の目標』の歴史と地域社会についてである。
 はじめに歴史について述べようと思う。社会科の教科目標は以下のとおりである。

 社会生活についての理解を図り、我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て、国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う。

 目標の中に「我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て」とある。日本の歴史について考えてみると、やはり第二次世界大戦が浮かんでくる。しかしこの目標およびその解説の中に戦争についてはふれていない。ふれているのは国土についての環境や地域社会、政治についてばかりである。確かに日本は高度経済成長期を境に先進国の仲間入りをし、いまではその筆頭となっている。しかしその前には日本は戦争という大きな過ちを犯してしまい、それを二度とやってはならないことを確認しなくてはならないはずだ。にもかかわらず目標にそのことにふれられていないのはどういうことなのか。これが班としての歴史に関しての批評である。
 
 次に地域社会についてである。今社会科は第3学年から学習することになっている。確かに歴史についてや政治についてを第1・2学年で扱うのは厳しいと思われる。しかし地域社会についてであればもっと早い段階でも学習または体験することはできるのではないか、という意見がでた。私たちの中でも、総合学習としてであるが第1・2学年で近所の商店街などに実際に行って自分たちで地図を作る、他には公民館のイベントに参加しそれについてまとめる、というような授業を受けた者もいた。狭い地域ではあるが、これも立派な地域社会についての学習である。これをすべての学校で行うことができれば、本格的な社会科を学習する第3・4学年にスムーズに移行できるのではないだろうか。これが班としての地域社会に関しての批評である。

以上
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<横尾班>

1.学習指導要領のまとまりが悪い。

…一度書いた内容を後でさも新しいことのようにまた書くなど内容が重複している箇所が多々あり、文章がくどくなっており理解しづらい。
大学で他の教科を専門に学んだ教師が社会の授業の進め方がわからず利用した際、この指導要領では求めていることに対しての情報が少なくあまり参考にならない。

2.曖昧さ

…1.とは逆に考えると、教師個人個人の考える授業の進め方を尊重するため指導要領はあえて曖昧に表現されているのではないだろうか。
そうすることによって指導要領を鵜呑みにした授業にならないですむと考えられる。

3.3・4年の内容について(内容と実際に行われている授業の差)

…5年や6年の指導内容に対して、3・4年の指導内容は2年かけての実施にも関わらず少なく、抽象的。
「地域社会に関する内容」とは、社会科見学に行かせるような指導内容なのか?もしそうであるのならば、実際に社会科見学が行われる回数が少ないのではないだろうか。

4.戦争についての授業

…6年生になると戦争についての歴史も少し学ぶが、戦争がどのように影響を及ぼしたのか、戦争は決してやってはならないことなのだということを子どもたちに伝えきれていない。

5.国際社会に付いての授業

…「国際社会における」と六年生の目標で示しているが、国際的な交わりについては戦後までしか学べず、それ以降に付いての国際的な交わりについて触れていない。
高校で学ぶような現代社会を教えるとまではいかなくとも、現代の日本がいかに国外と交流を深めているかということを伝えた方が良い。

6.姿勢

…教師がどのような姿勢をもって子どもたちに社会を教えていくかということが明確に示されているとなお良いと思われる。

まとめ

…指導要領をもっと簡潔にし、わかりやすくすることは必要なことだと思う。しかし、ただ単純にわかりやすくするのではなく、教育において大事だと思われる部分は内容をより深めて充実させることが大事である。

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<ピペット>

社会科改訂の要点の目標の改善の部分で、「児童が社会生活や我が国の国土に対する理解と自然災害の防止の重要性についての関心を深めることができるようにすること」という点で、国土の理解と同時に災害についても考えさせる点が良いと思った。また、内容の改善の部分で、地域の生産や販売に携わっている人々の働きに関する内容について、農家、工場、商店などの中から選択して取り上げることを、生産については、農家、工場などの中から選択して取り上げ、販売については、商店を取り上げると改善されていて、より濃い内容を学習できるので良いと思った。

6学年の内容(1)の取り扱いにおいて、人物を取り上げ人物の働きを通して学習できるように指導するとあるが、それは、先生一人ひとりの知識や能力によって学習する内容が大きく差が出てしまうと思われる。また、誰を取り上げるかによっても世界観が変わってしまう。だから、必ず取り上げる特定の人物を定めておくべきだと思う。さらに、近代に起こったことが戦後国民生活を向上させ国際社会の中で重要な役割を果たしてきたことを理解するには、児童の発育の段階を考慮するとあるが、もし発育が遅い児童が多かった場合は、教えなくてもよいのかという疑問が上がった。

学習指導要領の中の、「生きる力」というのにも注目した。今の子どもたちに問われているのは現代を生きていくことだ。それを社会という科目で考えることは難しいことだと思った。一見、社会という教科が数学や理科よりも現代を考えていく科目なので生きる力を身につけさせるには良いかもしれない。だが、数学のように自分で公式から理論を考えて答えを導かない点より社会は暗記科目である。生きる上では数学や理科の考える力の方が大切だと思われる。今回の学習指導要領では、子どもたちに社会が暗記科目だという意識を減らすために内容に様々な工夫を取り込んでいたが、他の科目に比べるとやはり暗記の要素が強くなっている。

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<三畳班>

<第3,4学年>


全体的には具体性があるが、取り上げている内容はやや盛りだくさんだと思う。時間配分において、様々な考慮が必要とされる。小学校3年生にとって初めて学習する教科なのであるのだからもう少し内容をしぼり、のびのびと行った方がよいのではないか。だが、内容によく見られる地域やその地域の人々に関する見学や調査等の“実際に体験する活動”は生徒が社会科を身近に感じることができるので重要でありこれからも継続すべき点であると思う。しかし、“国旗があることを理解させ、それを尊重する態度を育てる”というのは、小学校3,4年にとっては難しいのではないかと思う。そしてどこか無理やり押し付けているような“昔の日本”をイメージしてしまいがちである。


<第5学年>
産業の部分に関してはあまり深入りしすぎていないところが目標、内容ともにいいと思った。しかしながら食料自給率の低さだったり、産業の空洞化だったり、いま日本が抱えている深刻な問題が多々あり、子どもたちが理解できる範囲でこういった諸問題も考えさせるように取り組むべきであると思う。全体的に第5学年は、学習したうえでなにか気づくことはないかと「考える」ことを重視させようという意図が伝わってくる。農業や水産業、工業、通信などは子どもたちにとっても身近な分野であると思うので、自分の考えを育んでいくにはいい内容ではないかなと思った。ただ国土に対する愛情や国旗を尊重する態度の記述に関してはわざわざ「学校」という場で教えるようなものではないような気がする。まだ幼い子供たちに一方的な価値観を押し付けるのはよくない。


<第6学年>
第5学年までは日本国内だけにとどまっていた学習をさらに世界へと目を向けるという点では、現在の国際化を考えると、中学校の勉強の導入にもなるのでとても良いと思う。
また、第6学年では、低学年・中学年に記載されている、国の伝統や文化についての理解を深めるだけでなく、さらに「尊重する態度」を育てることを重視するとある。尊重する態度を養うために具体的な案が指導要領には簡潔に記載されていない。長い文章ではなく、簡潔でわかりやすい指導要領にすることで指導者にあたる側も指導要領をより、上手に活用できるのではないかと考える。
最後に、児童・生徒の発達の段階に応じた教育によって、一人一人が社会的な見方や考え方を身につけることができるような指導要領にしていくことが大切だと思う。

2010年5月2日日曜日

小学校社会科指導要領批判(その2)


<地産地消>

・第3学年生及び第4学生の目標に「地域社会に対する誇りと愛情を育てるようにする。」とあるが、確かに地域のことを知ることは社会化を学ぶにおいて考えやすいと思うが、「愛情を育てる」というのは生徒に考えを強要しているため、目標としては掲げすぎではないかと思われる。

・第3学年生及び第4学生の内容(6)のエに「人々の生活や産業と国内の他地域や外国とのかかわり」とあるが、(6)で県の様子を学ぶとあるのに外国とのかかわりというのは範囲が広すぎると思う。もし学ぶとするなら、もっと具体的に決める。または、(7)として細かく示す必要があると思う。

・第5年生の内容の取扱いの(1)に記載されていた「主な国については、近隣の諸国を含めて取り上げるものとする」という部分は、確かに近隣を取り上げることでわかりやすくはなると思うが、5年生が知らない国が近隣にある場合理解しにくいのではないかと思った。

・第六学年の指導要項の内容の(3)に記載されていた「世界平和の大切さと我が国が世界において重要な役割を果たしていると考えるようにする」という部分が、政治的立場にすこしよった記述ではないかなと感じた。我が国(日本)が世界において重要な役割を果たしているという書き方では日本が世界的に重要な立場であることを子供たちに刷り込んでいるように思えるので、重要な役割を果たしているという書き方ではなく世界全体で取り組んでいることにも触れて客観的に評価すべきであると思う。

・第六学年の内容の取扱いの部分の(3)に記載されていた「我が国とつながりが深い国から数カ国を取り上げること」という部分にも少し疑問を感じた。つながりが深い国から取り上げる必要性があるのであろうか。たしかにつながりの深い国をとりあげることによってその学習を身近に感じることができると思うが、つながりのあまり深くない国をとりあげることによって新たな文化や習慣を知れるということもあるので、つながりの深い国をとりあげる必要性はないと思う。

・すべての学年の目標のところに国を愛する、地域社会の愛情を育てるなどが書いてあるが、愛情や愛するということはあまりに抽象的ではないのかと思った。もちろん国を愛するということはいいことなのだが、強制してはいけないと思う。
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<T2ファージ>

【目標】

・「我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て」とあるが、理解に関しては各学年の目標部分に調べ学習などを盛り込むなどして体験や自主性を伴う理解を促進していて十分配慮されているようだが、愛情を育てることに関してはこの指導要領はどのようにするか具体的な方法や配慮がみてとれない。

・「国際社会に生きる民主的、平和的な国家・社会の形成者」について、意味合いとしては民主的かつ平和的ということであるだろうが、現在に至っても民主的ではない国家は世界には存在する。国際社会に生きるともあり国際的な視点を持たなくてはならないはずであるのに民主的であることがイコール平和であると連想させてしまう表現は適切ではないはずだ。上記のような表現だと民主的ではない国家を否定することになりえる可能性もあるはずだ。

【各学年の目標】

・第五学年と第六学年はそれぞれ分かれてが、第三学年と第四学年をまとめて一つで目標や内容を定めてよいのか。時間的には確かに第五学年と第六学年のほうが多いかもしれないが社会を学び始めるときだからこそそれぞれ第三学年と第四学年でしっかり分ける必要があるのではないだろうか。

・第三学年と第四学年には学習方法として見学などを取り入れるよう記載されているが第五学年と第六学年には学習方法に調査はあるが見学はない。第五学年、第六学年の学習内容は近所の地域以外の内容であり見学などは難しいことであろうが、見学のような体験的な学習は印象に残りやすく効果的な学習方法といえるので第五学年、第六学年にも取り入れたほうがよいのではないか。

・第六学年の内容()について、「世界の中の日本の役割」とあるがその単元を学ぶまでに日本については十分に学習してきているが世界についてはあまり学習していないようだ。世界の中という国際的な目線を持つためには世界のことを基礎だけでも学ばなくてはならないのだろうか。

【指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱い】

 ・「対象や事例を選択する際には地域の実態や児童の興味・関心などに応じて、厳選して取り上げる」について、児童の関心や興味はそれぞれ児童によって異なるため、1つだけに決めてしまうのでは児童の関心を活かせないのではないだろうか。

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<ペクチン>

全体的な印象
 ・全体的な印象としては、内容は多いが具体的に書かれているということである。
  しかし、選択させるといった内容の項目が多く、教師の力量にゆだねられている部分が多いという風に感じた。
・各学年で共通して取り上げられている国旗や国歌を尊重する態度を養うといった内容は、道徳などでも出来る内容のように思え、社会科で教えることのように感じた。

[第3・4学年]
 ・地域の内容に絞っていて、分量的にも教えきれる範囲内だと思う。ただ、ライフラインについては選択で取り上げるのではなく、全体を網羅して理解させる必要性があると感じた。
 ・外国とのかかわりを理解させることは重要なことの一つだとは思うが、児童に無理のない取り扱いをすることなど基準があいまいなので、明確な基準を作った方がいいと感じた。

[第5学年]
 ・第3・4学年の範囲の拡張のようであり、繋がりがあっていいと思う。しかし、範囲が国全体に広がったことで、内容が多くなり、1年間でやりきるには少し分量が多いのではないかと感じた。
 ・考えさせるといった項目が多いが、実際にはその内容の多さからただ知識を詰め込んでいくだけの暗記型の授業になってしまうのではないかと感じた。
 ・第3学年から第5学年において外国とのかかわりを学ばせることは大切かもしれないが、時間的な観点からみて非常に難しいように感じた。

[第6学年]
 ・大まかに、日本のことだけではなく近隣の外国についても触れられていて、かつ、日本史、民主主義、主権があり、3~5年生と比べ、学習内容の幅が格段に広くなっている。
だが、その幅の広さからか、「深入りしないように配慮する」「網羅的に取り上げない」というように、問題、目標に立ち入った学習は避けられているように思える。
・その一方、天皇、国旗、国歌に対しては「尊重する態度を育てる」「敬愛の念」と記述され、立ち入った学習なしに盲目的に「尊重」「敬愛」を植え込まされる可能性があると思う。ある程度立ち入り、そこから【自ら】考え、調べ、理解、共感することで「尊重」は生まれるのではないかと考える。
・歴史の範囲で、第二次世界大戦中の日本の政策についての範囲を抜かし、戦後の憲法制定へと移っているのは問題があるように感じた。国の犯した過ちこそ学び、見つめ直していく必要性があるように感じた。

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<真空放電スペクトル>

私は今回小学校指導要領~社会編~を読んで気になった点がある。 それは、事実認識の指導に偏って獲得された知識の有用性への疑問である。よく、「社会科は暗記科目ではない」と言われている。実際に前回の課題でも述べたように、「社会科は暗記科目ではない」と主張している教師は少なくはない。しかし、多くの教師がそう主張するのは、もっと確実なやり方で、より体系的に、より多くの知識を児童や生徒に与えてあげたいと望んでいるからであって、その知識の伝達が何のための行為であるかを自問しているからではない。例えば、「社会科を学んでおけば、いつかは役に立つこともあるだろう」などと、曖昧な期待をもって、もしくは、ただ偏差値向上と受験のために、子供たちに知識を与えているのではないかと思った。暗記を批判する熱心な社会科教師も「どうにかして効率よく知識を定着させるか」また、「忘れずに長く頭のなかに残ってもらうようなうまい知識の伝達の方法はないのか」などと考えているに違いないと思う。

また、そのために「おもしろい教材を探そう」、「たのしく授業をしよう」というような発想に向かってしまわないだろうか。つまり、この授業で学ぶべき目標とされている事実を認識しなければならないのか理由がないのである。「事実認識の指導」を重点的に行なうということは、このような方向へ進んでしまうのではないかと私は考えてしまう。 社会問題は今現在起きている問題のことである。今の自分たちの生活を学習するわけだから目標が明確であり、しかも現在のまたは未来の生活に役に立つと思う。 私は小学校、中学校、高校と社会科を学んできたが述べたように目標をもった学習はしてこなかった。指導要領を読んでも、具体的な内容は書かれていなかった。 やはり、教師(教える立場)が目標を明確にし、それを子供たちに伝えなければいけないと思った。

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<ミジンコ>

まず、小学校学習指導要領の「社会科の目標」より、社会とは「小学校社会科は地域社会や我が国における人々の社会生活を広い視野からとらえ総合的に理解することを通して、公民的資質の基礎を養うことを究極の狙い」としている教科である。

これを踏まえて議論をした結果、「愛国心」と「実生活で役立つものを得られない」という二つの問題点が上がった。

社会科の学習指導要領には「日本人としての」という文言が何度となく見付けることができる。つまり、社会科は算数や理科とは違い、「日本人としての心」を育てたい科目であるということである。そもそも愛国心とは「育てる」というものなのであろうか。

また、教科目標にある「我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て」という文言についてもいくつか意見があがった。賛成意見としてはこうである「身近な地域の様子についての指導を踏まえてそこで営まれている産業などを理解し、地域を愛することで国土に対する愛情も育てられる」というものである。しかし反対意見としては「自分の住んでいる地域調べをすることによって愛国心や愛郷心を育てるのだが、その地域の事象だけを理解することになり、他の地域の理解には結びつかないのではないか。また、地域の特色ばかりに注目させ、事象や特産物の暗記に留まってしまい、社会に出て役立つものではない。」という意見である。

公民分野において出た意見としては、社会科の学習指導要領は各学年において地域や国家に貢献している人を通して社会を理解させようとしている。しかしその際、現在の政治問題や経済の問題には具体的には触れないので、実社会においての政府の問題点などには気付かせないような科目に構成されてしまっていると考えられる。

つまり、社会科指導要領は抽象化かつ一般化された内容を扱っている点が多いため、本当に大事な部分のほとんどは現場の先生達の器量次第である。指導要領からは実社会で生きていくために必要なものは得られない。これが私たちのグループで得られた結論である。

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